• 羽中田昌

23年記 ボールは正しく転がった。♯6


6「ドリームチーム再検証」




20年前の1998年、夏ー

バルセロナの友人サンティ・ポウから借りた92年チャンピオンズカップ決勝のバルサvsサンプドリアのビデオを見終わって、背中から私を呼ぶまゆみに振り向くことができなかった。

「えー、嘘でしょ。まさか泣いてないよね!」

「泣くわけないよ! ばーか…」

あの時の涙は、おそらく斬新さに胸が震え、その振動が憧れを膨張させ、瞳を熱く沸騰させたものに違いない。

延長後半、間接フリーキックから、ワンクッション置いてクーマンが放った弾丸シュートがネットに突き刺ささり、聖地ウェンブリースタジアムが揺れた。これでバルサが初の欧州王者となる。ご存知のとおり、この時代のバルサを人はドリームチームと呼ぶ。美しき連係のフットボール。ここが私の目指すフットボールスタイルの基準となる。迷ったら、ここに立ち返ろう、そうココロに誓ったはずだった。

正直に言うと、あの頃の私は、バルサのどこに憧れたのか、どこが斬新なのかを具体的に語るだけの見識を持ち合わせていなかったと思う。ただクリフ(クライフ)のフットボールを夢中で感じていただけ。涙をぬぐいながら綴った感想のメモが残っているが、見返すと稚拙でビックリする。


・常に攻撃の意識を忘れない選手たち。感動!

・バックラインがめちゃめちゃ高い、最終ラインが2バックになる。マジそこまでやるか!

・クーマンのライン統率とロングフィード。積極的な攻撃参加もあり。斬新だー!


たった、これだけ。あの頃の私は、何も知らなかった。

いつものように朝5時に目を覚ますと、バターコーヒーをいれてもらい、1日の始まりにこの試合を見るつもりでいたが、ためらった。そうだ今日まゆみはCostcoに買い物に行く、出かけてから一人でじっくり見る方がいい、そう思った。再び不覚を取るわけにはいかないし、20年前のあの後、面白がってイジられたことを私は未だ根に持っている。

「やーい、やーい、泣いてる。男のくせに泣いているー‼︎」

いまなら、分かってくれると思うが、当時のまゆみにはフットボールの試合で、それも結果を知っている試合を見て涙することが理解できなかったようだ。

延長戦つきのロンドン・ウェンブリー決戦。いまの私がこの試合をどれほど深く観られるのか、少し怖い気もするが、タイムトリップするとしよう。

リビングの窓越しに、まゆみがハンドルを握る車が出発するのを確認して、再生ボタンをクリックした。


ファイナルのプレッシャーからか、前半の中ごろまで、バルサはいつものバルサらしい連係のリズムを掴めない。イージーミスが目立つ。サイドキックの天才グアルディオラの左右への散らしのパスもボールが滑らない。イングランドの深いピッチが影響しているようにも思えた。リズムの変化も欲しいなぁー、と思いながら、あまり鮮明とは言えないデスクトップの画面に食い入る。

だが、25年前のドリームチームは間違いなくポジショナルプレーをやっていた。現在、グアルディオラが監督として披露し、進化を続けるポジショナルプレーの原型のようなフットボールをクリフは躊躇なくやっていたのだ。私は手首のあたりの鳥肌をさすりながら、完璧に引き込まれていた。


ポジショナルプレーとは、現在の私の解釈だとこうなる。

〝まず11人が適切なポジショニングを意識しながら、意図的に敵を引きつけるなどして、ポジション的、数的、質的な優位性を創りながら11人全員がユニットになってゴールを目指す。〟


キックオフから30分が経過した。

バルサが意図的にカンビオ デ リズモ(リズムの変化)を行なったのか、それともサンプドリアのプレッシャーの勢いが弱まり始めたのか・・・、理由は定かでないが、前半の半ば以降からポジショナルプレーが威力を発揮し始めている。ボールを支配するバルサ。カンビオ デ リズモはスペインではれっきとした戦術用語である。ポジショナルプレーにとっても極めて重要なファクターであることは間違いない。私は意識的に敵の出方を見て、バルサは微妙にリズムを変えたのではないかと推測する。

後半の45分間は、ほぼバルサがゲームをコントロールした。

ただ、一方のサンプドリアも必死の守備とともにバルサの高いディフェンスラインの裏を狙って、カウンターで幾度かチャンスをつくりだす。不確実性の要素が強いフットボールの特性からすれば、どちらに勝利の女神が微笑むのかを予測するのは難しい。死闘、そう言い切っても許されるはずだ。

そんな中、ひときわ異彩を放っていたのは、やはり決勝ゴールを決めたクーマンである。彼の高精度のロングフィードが敵の守備プランに異変を与える。「まず遠くを見ろ。そこにはローマーリオがいるから」、クリフが授けた言葉を思い出す。

3バックを形成するクーマン、ナンド、フェレールの攻撃参加にも胸が高鳴った。クーマンはピッチ中央を駆け上がる。ナンドとフェレールは頻繁にポジションチェンジを繰り返しながら右サイドからオーバーラップを図る。DFの攻撃のためのポジションチェンジなど当時は考えられなかった。20年前、私はそんなクリフの斬新さや真剣な遊び心に新鮮な喜びを感じたのかもしれない。

DFが攻めて、FWが守る画期的なフットボールのスタイルようにも感じる。つまり攻撃も守備も一体で、クリフはフットボールを攻撃、守備、トランジションに分けたりはしていなかった。また、GKも含めて11人誰もがゴールを目指し、ゴールを守っていた。

クリフのポリシー、少ないタッチ数でパスをつなぐシーンにも痺れ、シンプルで実に美しい最高の技術が、そのワンタッチのサイドキックに集約されているように思えた。

正に、この新鮮さが世界中のフットボールファンを魅了し、私の瞳を沸騰させたのだ。

美しさは厳しさからしか生まれない。それは妥協の許されない長く厳しい道のりでもある。カンテラ(下部組織)に目を向けて、じっくり理想の完成を目指したのはそのため。ドリームチームは、間違いなく機能美あふれる夢のチームであった。

クリフが歴史から学んだフットボールの考え方は、ポジショナルプレーという言葉とともにグアルディオラをはじめとする監督たちによって、今も進化を続けている。

空飛ぶ天才フットボーラー・クリフは、勝つために、時間をかけ、何が起ころうとも強い信念を捨てず、自分とこのフットボールに挑み続けてきたに違いない。だからこそ92年の欧州チャンピオンへと上り詰めたのだ。

ドリームチームの選手たちが、フットボールを楽しみ、フットボールに幸せを感じている姿が私にはまぶしすぎた。この戦いを見るのが怖かった理由は、そこにあったのかもしれない。そして、今回は一滴も涙しなかった。


死闘は終わった。

デスクトップの画面を閉じてから30分ほど呆然としていると、急に愛犬ルナが尻尾を振ってわんわん吠え始めた。Costcoのバックを抱えてまゆみが帰ってきた。

思っていたとおり、まったく色あせていなかった聖地ウェンブリーの味は、酸っぱいレモンのようだった。まゆみが仕入れたバックの中を期待しながら、晩酌は焼酎のレンモンソーダ割りがいいなー、と思った。



To be continued

0回の閲覧

©2018 by ハチュマサ通信.