• 羽中田昌

23年記 ボールは正しく転がった。♯5


5「ああ、美しき連係のフットボール」





愛犬ルナの散歩に出かけ、 願成寺の駐車場で日向ぼっこをしていると、願い坂の方から声がした。見上げるとご近所のKさん。お墓の掃除をすませて一仕事終えた様子で、首に手拭いをかけ、ひさしの長い帽子の下の張りのある表情が朝日に眩しかった。

「どう、久しぶりの田舎生活は慣れたけ?」

「はい、おかげさまで満喫してます。お赤飯ありがとうございました。すごい美味しかったです」

「あの赤飯は蒸かしたじゃなくて、炊いただよ。じゃあ、また炊いてあげるよ」

この会話の後に「あっ、そうだ」と思い出し、カタルーニャの田舎町オロットの場所を確認した。いつも持ち歩いているiPadを取り出しての検索だ。


バルセロナから高速道路を使って北西へ1時間半ほど。地中海から内陸部に入った休火山の町である。人口約34000、夏涼しく、冬ちょっと寒い。風光明媚な避暑地としても有名で、自ずと呼吸も深くなる。

もちろんフットボールクラブもある。U.E.オロット(Unió Esportiva Olot)は、日本で言うJ3に当たるセグンダBに所属。戦いの舞台となるのは2000人収容の公営スタジアムだ。赤のユニホームを身にまとった選手たちが、どんなフットボールをやるのかは知らないが、火山から噴き出すマグマの如く、赤く、情熱的なスタイルなら嬉しい。「その土地の歴史・文化・風土がフットボールの形を創る」言い得て妙だ。どこで聞いたかは忘れたが、常に大切にしている言葉である。


この町に、大変お世話になった日本人の住む家があった。

正確に言えばカタルーニャ人の奥様の実家。当時、バルセロナに支社を持つ邦人企業勤務の知人は、単身赴任をしていて、週末に家族が待つオロットに戻るという生活を続けていた。2000年に帰国した私は、その後、この恩人に不義理をしてしまったが、どうやら離婚したらしい。

週末に幾度か遊びに行かせてもらった。あの時のことが、たまらなく懐かしく、生き生きとよみがえってくる。それも音や匂いつきで。

山の中に向かう小道、木漏れ日、薫風、鳥たちのさえずり、空とつながる輝く草原・・・。林の中の一軒家は、おじいさんの手造りだった。地元で採れた石が積まれ、どっしりとした2階建は周りの景色に溶け込んでいた。リビングには平たい火山岩を重ねてこしらえた暖炉もあった。

その暖炉で焼いてもらった子羊の肉。クセもなく、それはもう柔らく美味しかった。ジューシーでミルキーで、炭火に落ちる肉汁の音も食欲をそそった。赤ワインも絶妙なバランスで馴染み、私はおなかいっぱい頬張った。新鮮な肉はもちろん産直だが、普通にスーパーで売っているのには驚く。この地の人々と羊の関係を物語り、都会バルセロナにはない光景だった。


いつのことか、また何のためにかは分からないが、クリフ(クライフ)もオロットを訪ねたことがある。

おじいさん手造りの家の前を車で通りかかったクリフは、わざわざ車を停めたという。じっくり家を眺めるために。その時のお褒めの言葉を、おじいさんは嬉しそうにカタルーニャ語で話してくれた。まゆみと私は、娘さんの丁寧なスペイン語の通訳を介して理解した。

「素晴らしい家だ。バランスよく周辺とも調和し、機能美も感じるなー」

「それは凄い! クリフに褒められた家とは。クリフは建築にも造詣が深いのかなー?」

フットボール以外のクリフの一面を垣間見られたのが嬉しかったし、この会話が私の中でフットボーラー・クリフと建築家ガウディを結びつけるきっかけとなったような気がする。

クリフのドリームチームはワンタッチパスを多投し、正に機能美のフットボールだった。無駄のないプレーを追求した結果、自然にあらわれる美しさを醸し出す。私は、そんな92年のUEFAチャンピオンズカップ決勝を見て泣いた。

「ボールを扱う時、ワンタッチでプレーできれば素晴らしい。ツータッチもまずまずだ。しかし、スリータッチでは駄目だ」

クリフ名言集から引っ張り出してきた一つだが、ガウディが奇抜とも言える設計を施したグエル公園は、使い勝手の良さが至る所に隠れていると聞いたことがある。


クリフが目指したのは〝美しき連係のフットボール〟だった、と私は信じる。そのために(勝手な考察だが)、精度、ハーモニー、斬新さ、優雅なリズム、遊び心、魅了の追求があり、目指すはシンプルに「美しく勝利する」という言葉に行きついたのではないだろうか。ワンタッチプレーは究極のフットボール。こうやって、あのサイドキックの芸術も生み出されたのだ。

天才クリフはカンテラにも目を向け、大事にした。なぜなら、連係のフットボールにとって重要なファクターに他ならないからである。カンテラはスペイン語の下部組織のことであり、直訳すれば(原石を掘り出す)石切り場となる。連係のフットボールは長い道のりでの努力がなければ生まれない。私は海を渡りカンプ・ノウで初めてバルサの試合を見て呟いた。

「これは何だ。サイドキックの芸術だ!」

そこにカンテラ育ちのグアルディオラがいたことを見逃してはならない。


ファッション高級ブランドが建ち並ぶ、グラシア通りにガウディ50才代の作品がある。カサ・ミラとカサ・バトジョ。この2つが放つ存在感は、バルセロナで最もおしゃれな通りにあっても群を抜いている。さらには斬新さと優雅さが街に溶け込む。

1世紀も前に実業家の邸宅として建設されたカサ・ミラ、その波打つ壁の曲線美がいい。外観は山の岩が剥き出しになった石切り場をイメージさせ、地元の人たちから別名ラ・ペドレラ(石切り場)と呼ばれてきた。完成当時は、あまり高い評価を得られなかったようだ。一般市民はその斬新さについていけなかったのかも。私はラ・ペドレラ(石切り場)と聞いた時、原石を発掘するバルサの下部組織・カンテラ(石切り場)をイメージした。

もう一方のカサ・バトジョのデザインは、バルセロナの守護聖人サン・ジョルディの伝説を題材にしている。村人を救うため、荒れ狂う竜に立ち向かうサン・ジョルディ。この勇姿をガウディの設計図は機能的に表現した。クリフは息子の名前をジョルディとしている。やがてカンテラで育ったジョルディは、バルサ・トップチームのFWへと成長した。

まゆみと私は、ジローナ通りのピソから、歩いて25分かけて語学学校に通ったが、スペイン語でスペイン語を教えてもらうという悪戦苦闘の日々に頭を抱えたことがあった。二人で下を向いて歩く日もあった。そんな私たちの通学途中でカサ・ミラとカサ・バトジョは、いつも堂々としていた。

連係のフットボールは時間がかかる。いくつもの壁が立ちはだかり、越えても越えても終わらない、終りなき追及が続く。これが、このフットボールを選んでしまった者たちの宿命? こんなにも苦しいものだとは知らなかった。

ああ、美しき連係のフットボール。でも私は、この楽しい旅を続けるのだろう。


クリフやバルサのことを考えていたら、久しぶりに92年チャンピオンズカップ決勝の映像を見たくなった。

20年ほど前、バルセロナのピソで、この試合をVHSの録画で見たとき、まゆみに見つからぬように私は頬をぬぐった。次ではこのフットボール人生の拠り所になったドリームチームのプレーを、いま一度、感じてみたいと思う。正直、少々、怖いのだが。



To be continued

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