• 羽中田昌

フットボール・ラブ ♯9

「フットボール監督について」其の2



「フットボール監督について」の2回目は、「グループを指導する」ということについて。今回も非常に興味深い内容でした。選手への対応や会話の全てがチーム全体へのメッセージになるという自覚を私も持っていました。1対1の会話でも、近くの他の選手たちへの配慮を常に意識していたことを思い出します。つまり、どんな些細なこともチーム全体とつながっているのですね。


それでは、どうぞお楽しみください。



「グループを指導する」


監督の仕事は25人の選手たちの中から最も良い11人をただ並べることではない。

フットボールのレベルもチームへの思いも様々な選手たちを相手にし、彼らを繋げて共生させながら結束を固め、正義を貫きながら、11人を選ぶという厳しい決断を下す。これらすべてを自分の利益のためにではなく、チームの利益のために行うことが監督の重要な仕事なのだ。


選手はそれぞれ唯一無二の存在。現在・過去・未来を通して地球上に誰一人として同じ人間が存在しないのと同様にピッチ上にも同じ選手はいない。それぞれが異なったパーソナリティを持ち決して駒などではない。

その中で、選手の最高のパフォーマンスを引き出そうとするなら、一人一人異なった接し方がされるべきで、動機付けの仕方もみな違った形が自然である。何かを要求するとき、ある選手はダイレクトに厳しく注意される方が良いのかもしれない。また、別のタイプは監督の信頼と愛情を感じる必要があるかもしれない。

選手のパフォーマンスの良し悪しと選手への振る舞いの態度は無関係であるべきだが、そのように考えられる監督は少ないようだ。未だ多くの監督は、今のパフォーマンスが良いからという理由だけで特別扱いをするというミスを犯し続けている。本来なら選手の未来のパフォーマンス向上のために、今どのような態度で接するかを探るべきなのだ。

監督の優しさを感じて成長できる選手がいるのなら、そうするべきなのだが、未来を見ず、過去の功績に対してだけで接し方を決めてはいけない。ことにユース年代の選手にとっては、この向き合い方の過ちが、取り返しのつかない成長の妨げとなる。


また多くの監督は、自分の感情に流されてしまうゆえに選手のパフォーマンスを最高にするという目的を見失ってしまうことがある。特に試合中、深く集中している選手たちの頭や心に監督の言葉がどのように届いているのか、という認識が甘い。選手は監督から発せられたメッセージを無意識の深いレベルで受け取り、意外なほど敏感に反応する。だからメッセージは常に選手の自尊心を高めるものでなければならず、誹謗中傷のようなメッセージは選手たちの心に動揺を呼び、感情の乱れとともにプレイ判断を鈍らせる。

監督は、試合中に起こることに対して、選手自身が最高のやり方で解決する手助けをしなければならない。それには、その瞬間、あるいは過去のミスを問題にして刺激してはいけない。オウンゴール、ボールロス、クリアミス・・・、これらは人間ならだれでもありうることで、怒鳴り散らしても何も変わらないのだ。ミスはトレーニングで解決するものである(それでもミスは繰り返されるかもしれないが・・・)。乱れた感情のまま選手たちを観ていると、助けるどころか偏見や思い込みにつながり、ただそれだけでチームという集団は簡単に壊れてしまう。

さらにチームという組織が機能するためには、フットボール以外のことも多く関わってくることを忘れてはならない。シーズン終了時に来シーズンに向けて選手と向き合うときのように、常日ごろからプレイのクオリティだけを考えるのではなく、それぞれのプロ意識、それぞれの人生のスタイルなどを考慮する必要がある。情報が多ければ多いほどチームづくりの参考になるはずだ。  

あらゆることを考慮して、選手の日々の変化に気付くことができれば、それはチームにとってより効果的な広がりを見せるだろう。チームは団結しながらもオープンで、変化を受け入れる集団でいることが肝心だということにつながる。


監督はみな自分のスタイルを持っている。ある監督はローテーションを好み、ある監督は選手を固定することを好む。それは監督によって異なるわけだが、共通して大事にしなければならないことは、最高のパフォーマンスを引き出すために、それぞれの選手に合った接し方をすることだ。つまり、平等にすべての選手を特別扱いしなければならない。

チームを自然の生態系として考えてみると分かりやすい。特定の選手ばかりに注意や努力を注いで、他の選手を軽視すると選手たちが織りなすチームの生態系は崩れ、脆弱化する。あるいは破壊される。

かつて、レアル マドリードの監督が私にこんなことを言った。

「監督の仕事は良い選手に特権を持たせるのではなく、特権を持っていると思わせことだ。」

正直、この考え方はあまりにも単純で間違っていると感じた。

選手の特権とは11人のスタメンの座を得ることだけで、それ以外の特権は存在しない。この11人は、その時の競技のパフォーマンスによって決定される。

もしスター選手の調子が悪くて、控えになったとしても11人のために仕事をするという平等なノルマを課さなければならない。時間を守ること、トレーニングへの参加、他者への敬意…。そこでスターだからといって一人だけ特別扱いは存在しない。当たり前のことだが、選手のクオリティや才能とは全く関係なく厳守すべきものがあるのだ。

それから、もし、スター選手が練習参加していないのに11人に選ばれたら、この選手にはパフォーマンスさえ良ければ選ばれる、というメッセージが伝わる。ほかの選手たちにはトレーニングには何の価値もないというメッセージが伝わる。毎日行うトレーニングに価値が無かったら、言うまでもなくチームのパフォーマンスは次第に落ちていく。


特定の選手を不公平に特別扱いすると、チーム全体に大きな損害を与える。この観点から私たち監督は、選手一人一人を指導しているのではなく、選手たちのグループを指導しているということを強く認識する必要がある。つまり、選手一人一人の扱い方があり、また、その選手との関わりが、グループ全体に影響するということを常に念頭に置いていなければならない。選手たちは、他の選手と監督の関わりを実によく観ている。だから監督は、あえてそれを利用してチーム作りに貢献することもできる。


以上、「グループを指導する」終わり。


んー、深い。当たり前のことですが、組織をまとめる監督の仕事は、深くて終わりなき戦いだなー、ってあらためて感じます。監督だけではなく、組織をまとめる人は愛を持って、上からではなく肩を並べるように対等な関係性を築くことが大切。私はそのへんの関係づくりをまだまだ勉強しなければいけないなと思います。

組織のボスたちは、全体と調和して組織の一部であることを忘れてはいけませんよね。それから監督のどんな小さな行動も発言もチーム全体に影響を及ぼすことをもう一度肝に命じておく必要があるようですね。やっぱり。


To be continued

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