• 羽中田昌

フットボール・ラブ ♯8


「フットボール監督について」其の1



今回から、現場で実際に監督をやりながら、私が共感し、参考にしていたスペイン語のフットボール本(写真:2011年初版)があるので、それに少々私の見解も交えながら、読者の皆さんと共有していきたいと思います。

監督は、いったいどんな仕事をするのかなど、もう一度考え、その上で自分に欠けていたものはなんだったのかを確認できたら幸いです。長期に渡るシリーズになるかと存じますが、どうぞお付き合いください。それではスタートします。



「監督に不可欠な条件」


ファッションや音楽だけが流行に敏感なわけではない。フットボールも毎年タイトルを獲ったチームのスタイルが真似されてブームになる。しかし、それは見当違いで表面的なことだけをコピーするにすぎないことが多いようだ。フットボールの本質を飛び超えて、ジダンのマルセイユルーレットやロナウドの髪形、ポゼッション率などを気にする。

監督にしても然り。タイトルを獲った監督は優秀で、負けた監督は無能だと決めつけてしまう。勝った監督のやることすべてに意味があると肯定し、偽りの一定のイメージを勝手に抱く。

腕組みをして、常に不機嫌そうに選手たちを眺めながら叱責する人。善良なお人よしは競争には勝てず、強い反骨精神こそが人々を押しのけて勝利を掴み取り、フットボール監督に効果的な仕事をさせるのだと思い込む。

このイメージは真っ赤な嘘だ。

大きな声で怒鳴り散らし、反骨精神が強ければ強いほど監督は効果的な仕事ができない。そのような態度は勝利よりも敗北に近く、真の成功が遠のいていくのだ。


良い監督は、まずはシーズンを通して体系的で整然としたルーティーンのトレーニングができる。

つまり、自分のメソッド(やり方)と対戦チームを分析する形を持ち、その分析結果を選手たちに分かりやすく視覚的に示し、試合に備えてチームを戦術的に準備できる。そのために、コーチングスタッフたちと具体的な意見を交わしあう。

これこそが監督に不可欠な条件なのだ。

良い仕事をするために不機嫌であることなど全く必要ない。監督の仕事の目的は、持っているすべての武器を利用して、選手やチームスタッフの能力を最高レベルまで引き出すことだ。そのためには記者会見を通じて選手に檄を飛ばし、はたまた選手との世間話までも利用する。やり方は監督の数だけあっても不思議ではない。勝利の法則と呼ばれる勝つための唯一の形など存在しない。


繰り返しになるが、監督に不可欠な条件を次にまとめておく。


・シーズンを通して体系的で整然としたルーティーンのトレーニングができる。

・対戦チームを分析する形を持ち、シンプルに伝えられる。

・試合に備えて戦術的にチームを準備できる。

・コーチングスタッフたちと具体的な意見を交わしあうことができる。


つまり、この他のことは“なんでもOK”。やり方は各監督によって違うのが自然。

自分が選手時代に受けてきたトレーニングをただそのまま繰り返すだけでは、精鋭部隊としてチームの質を高めることは叶わない。変わりゆく状況を観察しながら日々のトレーニングで何が重要なのかを理解して実行するのが肝要だ。

実のところ、私も流行に疎いわけでも毛嫌いしているわけではないので、勝つためにボールボーイがアウェチームにボールを渡さないとか、アウェチームにひどいロッカールームを用意して嫌がらせをする…ということが一時流行したのは知っている。

しかし、自分の仕事を心から楽しんでいるとき、幸福をもたらすのは勝利のみではないはずだ。努力を惜しまずトレーニングに励む選手たちとのつながりやトレーニングで積み上げてきたことと自分がイメージするプレイを試合のピッチで見られることに喜びと幸福を感じるはず。

勝利は日々のトレーニングの工夫(量ではなくクオリティ)とその成果によってもたらされることを私たちは忘れてはならない。


巷ではよく、「フットボールの目的は勝つことで、人生の目的は幸福になること。だからフットボールと人生は相いれない」と言われているが、私は賛同しない。フットボールにおける幸せも人生と同じように些細なところに宿っているからだ。金銭を多く稼ぐことだけが人生の幸せではないのと同様、フットボールでも勝つことだけが幸せではない。

タイトル獲得のための緊張の90分間とその後の2時間ほどのパーティーよりも、スタジアムに辿り着くまでの時間の方がよほど長い。勝利に向けて積み重ねる日々のトレーニングの時間の方が間違いなく長いのだ。

人生の幸福が、良い時も悪い時も、愛する家族や友人に囲まれて過ごすことならば、フットボールも自分を信頼してくれる仲間とプレイでき、自分を必要としてくれるチームがあることが幸福だと言えよう。良いことばかりの人生など存在しないのと同様にフットボールも勝つときも負けるときもある。チームの調子が良い時も悪い時もあるのだ。

勝利や敗北は一瞬にすぎず、すぐに過去のものとなるのが常。だからこそ、日々のトレーニングの中に幸福を見い出したい。そうでなければフットボールで幸福になることなど絶対に叶わないのだから。


フットボールの世界でも、大げさな闘争心を言葉で表現するのをよく見かけるが、本当に必要なのは真の闘争心だけだ。真の闘争心を発揮するのは試合の直前でも直後でもなく、言葉でもない。

監督自身が、自分がどんなにやる気と闘争心に溢れた人間であるかをアピールしても選手の心は動かない。選手の心に火を点けるのは、監督が日々努力をしたかどうか、多くの時間を費やしたかどうか、ただそれだけだ。つまり、よく働くこと。監督の仕事は限りなく広くて深いのである。


頭の中で、まず、バランスと質を考えながらフィーリングで11人を並べてみよう。その後、試合で違いを出して勝利に導くための戦術的なトレーニングを実行する。その鍵となるのが監督のアイデアだ。

善良過ぎるのか、闘争的なのか、常に大きな声を張り上げて叱責するのか、野心を丸出しにするのか、反骨心旺盛なのかは全く関係ない。重要なのはアイデアに沿った一貫性あるトレーニングで、チームのパフォーマンスをマックスに絞りだすことだ。

従って、世界で最も良い監督をタイトルやトロフィーの数ではかることはできない。チームのパフォーマンスをマックスに引き出すことができたら、たとえ3部リーグの監督であろうともモウリーニョやグアルディオラよりも良い監督だと言える。だとしたら、それに挑まない手はないだろう。


以上、「監督に不可欠な条件」終わり。


いかがでしたか、監督時代もそうでしたが、今あらためて読み直し、感動しています。

スペインでは監督のことをエントレナドールと言います。トレーニングのことをエントレナミエントと言いますから、監督はトレーニングする人ということになりますね。私の夢みた良い監督は、日々、選手に考えさせ、自らの成長を実感してもらいながら、フットボールは楽しい、と感じられるトレーニングができる人のこと。大変なことですね。それが勝利にもつながるのだと信じていました。


To be continued

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