• 羽中田昌

エッセイ 韮崎生活 ♯8

「霜秋のラプソディ」



やたらと時間が経つのが早い。やろうと考えていることの半分くらいしかできない。しかし、11月終わりの霜秋の3日間、よく遊び、よく食べ、よく考えた。

「半分できれば上出来じゃん。We Are The Champions(俺たちはチャンピオン)、いえぃ!」

最近、ロックのQueen(クイーン)にはまったまゆみが、いまは亡きボーカルのフレディ マーキュリーのポーズを真似して叫んだ。


11/27、まず午後3時5分からQueenの伝記映画「ボヘミア・ラプソディ」を観た。夜は山梨県庁時代の仲間8人と甲府で飲み会。兄の経営するワインとハンバーグのお店パレットで約10年ぶりに盛り上がる。

11/28、お隣り武川町の友人宅で昼食会。ご主人の絶品カレーと奥さまの手作りケーキ・ガトーショコラがまゆみと私の胃袋を潤す。BGMはタンノイ(かな?)のスピーカーから流れるクラシック。好きなカノンもあった。暖炉の炎が目にやさしい。食後、ここでもQueenの映画の話で盛り上がる。70歳のご主人が「これは第3次ブーム」と教えてくれた。

夕方、韮崎の自宅に戻り、夜は夜で、YouTubeでQueenのコンサートを見ながらドンドン、パン、ドンドン、パン。まゆみは「ここはマンションじゃないから、下がなくていい」と言いながら足を踏み鳴らし、手を叩いた。ルナは最初だけつきあってくれたが、直ぐに踵を返して、コタツに潜って出てこない。ときどき、こいつは猫じゃないかと思う。雪でも降ったら、雪やこんこん、霰やこんこん・・・、犬は喜び庭かけまわり、ルナはコタツで丸くなる。こうなるだろう。でも可愛い。私は足を鳴らすのはまゆみに任せて、Queenの繊細さと斬新というか、わざとずらしたかのような革新的な視点に感激して、凄い凄いを連発していた。なにはともあれ、やたらとハイテンションな一日だった。

映画のメッセージのすべてがフレディ マーキュリーの振りかざす拳に集約されているように思えた。フレディは何を拳に握りしめて語りかけてきたのか。たえず誰かに見られていることを意識し、それを喜び、また苦しみながら精一杯生き抜いた。ネットを眺めていたら彼が残した言葉があった。


〝俺はアリーナの最後列の人たち、入場できなかった人たち、シャイな人たちのために、常に歌で繋がっているんだ。批評家や虐めっ子たちを飛び越えられることを見せるんだ。俺にそれができれば、誰にだってやりたいことはできるはず。〟


9時を過ぎ、我にかえりスピーカーをOFFにすると屋根を叩く雨音のメロディが聞こえた。武川に向かう途中、反対方向の富士の頭に笠雲がかかっているのをバックミラーで見ていたので、「やっぱりだな」と思った。

11/29朝、降り続いた雨も上がり晴天。いつものようにルナの散歩に出かけると、低いところまで白くなった八ヶ岳を見た。少しだけ見える甘利山の後ろの鳳凰三山の頭も白さを増したようだ。木枯らしを思わせる風が少し湿った落ち葉を舞い上げる。見上げると下弦の白い月が青空に浮かんでいる。まゆみに「あれやって」と頼むと、空に向かって拳を突き上げフレディ マーキュリーのポーズ。月も微笑んでいるようだった。

この日は、解説の準備でドイツのブンデスとイタリアのセリエの試合を合わせて4つ見た。フランクフルトのセンターバックにコンバートされた長谷部の調子がいいのが嬉しい。日本代表を引退したそうだが、3バックでの戦い方のオプションを増やすためにも、ときどきカンバックしてもらうのもいいかもしれない。ワールドカップではハイレベルな様々なスタイルのチームと戦わなければならない。対応策として、こういった準備は必要なはずだ。監督はグランドで選手からいろいろなことを学ぶが、長谷部は特に学ばせてくれる選手だろう。

ということで、結局、就寝前までフットボール三昧だった。一度、夕飯を挟んだが、見始めると止まらなくなる。Queenの第3次ブームもしばらく止まりそうもない。


ルナの散歩をしながら白い月を見上げ、冷風に吹かれて思ったことがある。私が月を見ているのではなくて、月が私を見ている。風の冷たさを私が感じているのでなくて、風が私の温もりを感じている。視点を変えると、世界はもっと面白く見える。月に笑われないようにしっかり背筋を伸ばして、いまを生きようとも思えた。

1991年11月24日、エイズによってフレディ マーキュリーはこの世を去った。ボヘミア・ラプソディは私たちに変化する勇気を与えてくれる映画だった。主演ラミ マレックの演技にも固唾をのんだ。そして、Queenには人々の心を繋いでひとつにするチカラがあると感じた。

友よ、俺たちはチャンピオンだ。



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