• 羽中田昌

エッセイ 韮崎生活 ♯17


17「長いもの紀行・蕎麦編」





目玉焼きは子供の頃からソース派である。

醤油派の妻まゆみには、よく「だまされたと思って、醤油にしてごらん」と言われるが私は頑なだ。まず半熟の黄身の部分を潰して、そこにソースを一回りかけ白身とかき混ぜてから、炊き立てのご飯にのせて食べる。「ばっかだー」としつこいまゆみを横目に、私はほっぺを膨らませて美味しい顔を浮かべる。「んー、こてえさらん!」、この習慣は外せない。

「うどん派、蕎麦派?」と聞かれれば、うどんも大好きだが、今なら「蕎麦派」と即答する。40半ばを過ぎて蕎麦というよりも蕎麦やがたまらなく好きになった。


蕎麦派になるきっかけを与えてくれたのは、バルセロナで偶然出会い、東京で再会したひょうきん者だ。出会った当時、彼は大学の卒業旅行で世界を一人旅していた。得意技があり、少々下品ではあるが、いつでも健康的なオナラができることだと言った。

名前を呼ぶとオナラで返事をし、チュウリップを見ると、「チューリッ」、プッとお尻を突き出す。そうと言って、実演してくれた。漫才師のそんな芸当も見たことがあるが、あの彼の方がレベル高いな、と妙に誇らしかったことがある。


大学を卒業して一流企業のサラリーマンになったチューリップに再会したのは、10年ほど前のこと。杉並に住んでいて、日曜の午後に地域の福祉センターで開催された私の講演会に小学生のお嬢ちゃんを連れて来てくれた。ベージュのブレザーに青の縦縞のワイシャツ、清潔に短く刈られた髪、紺色の縁のメガネに茶色のプレントゥーの靴。あの頃、ぼさぼさの髪に無精ひげのチューリップは意外にオシャレでもあった。

いいお父さんもしていそうだなー、そんな気がした。それから、お嬢ちゃんはあの得意技のことを知っているかな、とも思った。「この人とお父さん友だちなんだぞー」と娘に私を紹介したときのチューリップの自慢気な表情も嬉しかった。お嬢ちゃんは反応に戸惑っていたが。

そして講演後、私たちはお互いのその後の予定が入っていないことを確認すると、チューリップ馴染みの蕎麦やの暖簾をくぐり、夕方早くから軽く一杯となった。もちろんお嬢ちゃんを家に送り届けてから。熱燗をお猪口で乾杯し、チューリップが開口一番こんなことを言った。

「俺、休みの日の夕方ここでこうやって、ちびりちびり酒なめながら、つまみをゆっくり味わって、最後に蕎麦をすするのが好きなんですよねー。蕎麦やのこの凛とした雰囲気がなんとも言えず、よくて。ここの主人のきりりとした佇まいが、それが蕎麦にも出てるんですよ」

この再会から、月に一度ほどの貴重な休み、私は浅草の駒形橋のたもとにある藪蕎麦にときどきだが足を運ぶようになり、蕎麦をすする音が好きになった。一杯やった後、あまり大きな音を立てないように少しずつ箸ですくって口の中に吸い込む。これがいい。凛とした空気の中に心地よく響く。味もさることながら、蕎麦は粋な日本文化を喉元とでしみじみ味合う喜びがあるような気がするのだ。


4月10日の雪には驚いた。韮崎の我が家の庭も数センチほど白く積もった。

二日後、雪が溶けて愛犬ルナの散歩に出かけて気がついたのが、庭に咲いた一輪の赤いチューリップ。先日、チューリップのお嬢ちゃんが超進学高に入学した写真がメールで送られてきた。お嬢ちゃんの隣でスーツ姿のチューリップが凛と並んでいた。

最近の私はどうだろうか、この花たちのように凛と生きたい、と思った。


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