• 羽中田昌

エッセイ 韮崎生活 ♯9


「ルナが虎になった!」




今年もいろいろあったが、早いもので一年の最後の月となった。師走である。

子供のころ、「なんで、師走って言うの?」と昭和4年生まれの父に聞いたことがある。商売屋に育ち、機転が利き計算も速かったが中卒の父は、一瞬、意表を突かれたかのような表情を浮かべて、こう説明してくれた。

「そりゃー、あれだろ。12月は師が忙しく走り回るからだろ」

「じゃー、師ってなんなの?」

「そりゃ、師って言ったら先生のことだ。学校の先生や政治家や医者も弁護士もそうだ。いや、先生って言ったら、先に生まれるって書くなー。だから大人はみんな先生で、12月になると忙しいってことずら。わかったか。それで師走ってことだ」

私は物心つく頃まで、この強引な話を信じていたと思う。得意げに説明してくれた父は、69才で他界し、いまは韮崎の七里ヶ岩の墓に眠っている。


師走に入ってすぐの火曜日。早朝から、まゆみと私は愛犬ルナのために大騒ぎをした。懸案だった散髪、巻き爪の処理、匂い玉絞りに悪戦苦闘。前回は引っ越し前、南葛西の近所のサロンだったが、ルナの本格トリミングは2ヶ月以上も前になる。

1ヶ月ほど前に一度、電動バリカンとハサミで簡単に刈ってあげたが大失敗。虎刈りになってしまい思わず笑ってしまった。

その後、まゆみのブラッシングだけで、ほおっておいたものだから、今度は顎下が伸び、顔の形がリアルなタイガーマスクのようになっていた。先週ぐらいから、お尻を地面に擦る仕草も頻繁に見られるようになり、クローゼットや部屋のドアに、かしかし爪を研ぐ回数も増えていた。かくして、家でのトリミング作戦の始まりである。

まずはいつものブラッシングから。これはルナも慣れたものだ。気持ちよさそうに自分から背中を向けて抜け毛を取ってもらう。背中が終わると、クルッと回転してお腹を見せて、あくびまでしていた。うちの王様だー、と思った。

次いで、いよいよ散髪。虎刈りにならないように100均で人の髪を梳くためのヘアーカッターを買ってきてリベンジ。ルナが嫌がって動かないように、お腹のあたりを犬なのに鷲掴みにした。

ところが、これもルナはご満悦であった。手を放してもまったく動じず、背筋をピンと伸ばしたままカットが順調に進みサッパリしてもらうのを待っていた。代々木の馴染みのヘアーサロンの高嶋くんの顔がちらついたり、北京に住んでいた頃、まゆみに左右アシンメトリーにされたのを思い出したりしたが、この100均のヘアーカッターが結構の優れ物だったので、私もついでに梳いてもらう。耳の上が野暮ったかったので丁度よかった。

さらに次のメニューは、お尻の穴の周りのカット。これはYouTubeの映像で手順を確認してから慎重に行う。道具は電動バリカンとハサミ。私は左手で尻尾を持ち上げ、右手でルナを固定した。まゆみも左手でルナを抑え、「ほらルナ動かないで、危ないでしょ、コラ」と叫びながら、右手でその敏感な部分の作業を遂行した。汗をかきながらの緊張の数分が終わると、味をしめたまゆみの視線が、私のうなじに及んで、ドキッとした。

「ほら早く、後ろ向いて、刈り上げてあげるから」

「えー、それ無理でしょ!」

そんなせめぎ合いの後、再びYouTubeで確認しながら親指の巻き爪の処理と浴室での匂い玉絞りで仕上げた。シャワーを浴びた王様が、最後にブルブルっと全身を振って水しぶきをあげ、入念にドライヤーで乾かして、1時間に及ぶ戦いは終わった。


生前、あまりしっかり者とは言えなかった父だが、私に残してくれた言葉が3つほどある。

「いいか、人の目が怖い時は、こっちから先に見ちゃえばいいんだ」

これは、車椅子になってはじめての外出時のこと。家から甲府駅までわずか1キロの散歩に挑む前だった。いま思うと不安なときや試合に負けて本当は逃げ出したいときに、強がって一歩前に出られたのは父のこの言葉のおかげかもしれない。

「逆風が吹いたら立ち向かうだけでなくて、その風に乗るのもいいぞ」

これを聞いたのは、高校時代、八ヶ岳下ろしが吹きすさぶ中だったと思う。

それから、もう一つ。冒頭の師走の意味の後に付け加えてくれた、遠い遠い記憶。

「忙しいときこそ、慌てずゆっくりがいいんだ。急がなきゃならないときこそ、歩けよ」

正直、あのときは意味がよくわからなかった。

それにしても、「若いころはジェームス オデンちゅって、俺もならしたもんだ」と自慢する父の生涯は、この3つの言葉とは真反対だったような気がする。

トリミング作戦の翌朝、やっぱりよく見ると虎刈りのルナの散歩に出かけて、いつものように七里ヶ岩を眺めながら、来週は時間をつくって墓参りに行こうと思った。



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