• 羽中田昌

エッセイ 韮崎生活 ♯6

「立って見る窓」




続けてもう一つ、窓シリーズを書くつもりでいたが、今回で一旦中断することにした。理由は単純。次のシリーズ最終回に予定していた「蛍を見る窓」を蛍の時期に綴りたいと思ったからだ。この「立って見る窓」も普段は車椅子の私が、実際に立ちながら綴るエッセイにしたい。リアリティを求めるのだ。なんちゃって、少々大袈裟か。いずれにせよ、立ちくらみ覚悟の挑戦だ。

「気合い入れていかせてもらいます!」


韮崎に戻り、現在、立つ訓練を実施中。車椅子の私が立つには、それなりの装置が必要で、その機器の設置には結構のスペースを要する。狭かった芝公園や葛西のマンションには、到底置くことはできず、かれこれ10年ぶりのことである。

久しぶりの直立不動はそれまで頭に流れていた血液が減少して、逆に血液が足先まで活発に流れ、心臓の負担を大きくした。多分、間違ってはいないと思うが、これが立ちくらみの要因ではないか。

実際、直ぐに心拍数が上がり胸がドキドキ。あの頃の試合前のドキドキやファーストキッスのドキドキとは違っていた。15分もすると頭がぼーっとしてくるので、iPadによる立ちながらの執筆は今のところ20分が限度かもしれない。

機器の設置場所は、小さな家の割にはびっくりするほど広い洗面所&トイレの部屋にした。車椅子でも使いやすいようにと無謀に広いスペースを取ったのだ。余計な話だが、コンパクトフィールドを形成する現代サッカーにおて広いスペースはタブーで、メッシに少しでも自由を与えたらゴールの嵐が吹き荒れる。

広い洗面所とトイレは動きやすく且つ使いやすいのはよかったのだが、夏冬の電気代の数字が大幅に上がるのは誤算だった。自分のことなのにトイレが長いことをうっかり忘れていたのは情けない。それでも気を取り直して、横1メートル強、縦2メートル弱、高さ1メートル50ほどの夢の機器を置けたのだから、よしとしよう。ふと、上手く角度を変えれば、夢の立ちションも可能かと、シーンが頭をよぎった。

かくして、久しぶりに膝を固定して油圧を利用しながらお尻を少しずつ持ち上げていく。

すると目の高さに、引き違い窓が丁度よくあった。「ラッキー!」、当然、そこに窓があるのは知ってはいたが、思わず声を上げずにはいられなかった。

早速、まゆみを呼んでロックを下ろしてもらい、左手を目一杯伸ばして20センチほど窓を開けてみた。これも大袈裟かもしれぬが、私の💗は焼けにドキドキしていた。立ちくらみのせいではない。


1年ほど前、恩人セルジオ越後さんの春の叙勲「旭日双光章」受章の祝賀会に出席した時のことである。銀座にある長崎料理のテーブルで整形外科の医師たちとご一緒する幸運に恵まれた。

酒も入り、会話もほぐれてくると、突然、一人の医師から思いがけない話を聞くことになった。

「現在、脊髄損傷の治療はかなり進歩しています。あと10年、いや、あと5年したら羽中田さんも歩けるようになるかもしれない。脊髄再生の研究は確実に日々進歩していて、一部の技術は人に行うこともできるところまで来ているんです。私の同僚が精力的に取り組んでいるし、新しい情報がありましたら、またお知らせします」

鳥肌が立った。もし本当に5年後、いや10年後でもいい、自分が歩いていたら・・・。その姿を想像するのはとても難しかったし、不思議な気分でもあった。

そうこうしていると、もう一人の医師が私に難問を投げかけてきた。

「もし治ったら何をしたい?」

なかなか答えを一つに定められずにいたが、やがて迷いなく出てきたのは、平凡な、やっぱりこんな言葉だった。

「妻と肩を並べて散歩がしたいです」


立つ訓練は、ずっと座りっぱなしで変形してしまった脚を矯正するためでもある。奇跡が起きたら、この窓から見える甘利山を登るのもいい。6月初旬の頂上のツツジは見応えがあるらしい。

今日は30分立っても大丈夫だった。そして、愛犬ルナがうらめしそうに私を見上げていたので、顔を下に向けて話しかけてあげた。

「歩けるようになったら、一緒に歩こうな。長生きしろよ」


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