• 羽中田昌

エッセイ 韮崎生活 ♯5


「紅葉を見る窓」



秋がゆっくり暮れていった。

庭の紅葉もほぼ終わり、枝から葉っぱがひらひらと舞い落ちる。2日ほど前の少し風の強い日、落葉のシャワーを見た。

真紅に染まったハナミズキは54枚ぐらい、黄緑のサザンカは1、2、3・・・、まだ200枚以上は残っている。決して暇なわけではないが、無性に数えたくなって数えてみる。心の余裕がないとできないことかもしれない。

柿の木は裸ん坊だ。そういえば今年の柿は豊作ではなかったが、義姉曰く、豊作かそうでないかは1年置きだとか。私の監督の仕事は2年続きで厳しい結果に終わった。それでも夢中に突っ走ってきた時間とそこでの出会いに感謝したい。


11月は日本のサッカーシーズンの終わりを告げる月でもある。

J1は2年連続で川崎フロンターレが覇権を握った。私が9月頭まで監督として戦ってきた地域リーグもJFL昇格をかけた地域チャンピオンズリーグを持って幕を下ろす。高校サッカーも都道府県の代表を決める選手権決勝があり、全国に行けないチームはこれで終わりだ。

11月10日、富山県大会決勝の解説で越中日帰り旅をした。朝までスカパー!のポルトガルリーグ・中島翔哉出場試合を喋り、北陸新幹線に飛び乗った。いまや日本代表の主力でもある中島は、かつてカターレ富山の選手として活躍した。

彼のプレー中の笑顔が素敵である。フットボールを楽しみ、辛いときや苦しいときほど笑っているように見える。楽しめること笑えることこそ強さだと知っているのだろう。幸せを振りまき、自分のフットボール人生を豊かにしている。

富山駅南口から競技場までタクシーで20分ほど。道中、曇り空の下、川沿いに真っ黄色の一本のイチョウを見た。雲に隠れて、その構図を味わうことはなかったが、イチョウの木の背景に荘厳な立山連峰をイメージする私がいた。今、決勝の解説を終えて、僭越ながら、こんなことを思う。

「勝った富山第一高校には笑って全国に挑んでほしい。そのための準備を大切に。グッドルーザー高岡第一高校、フットボールは続く、負けから学び強くなれ。いつもボールと一緒がいい、悔しいときこそ笑って挑め!」

18年前の旅の途中。オーストリアからイタリアのどこか知らない町を目指したときに見た紅葉を思い出す。川沿いの高速を飛ばし、休憩のためドライブに入ると、イチョウの木が一本だけ無造作に佇んでいた。青空の下、黄金色に染まった葉。その向こう側に、岩肌を覗かせたヨーロッパのアルプス山脈が迫っていた。


実は今回の「紅葉を見る窓」は我が家の窓ではない。先週(11/7)行った南アルプス・芦安の紅葉があまりにも見事だったので急遽変更した。芦安の一番奥にある桃ノ木温泉・山和荘の貸切風呂の引き違い窓の話を少々させてもらい終わりにしたい。

桃ノ木へ行くきっかけはアンへリータの一言だった。アンへリータはスペイン語のアンヘラ(エンジェル)という名前を親愛の情を込めて呼ぶときに使う。旦那さんと東京から遊びに来た友だちに、私がつけたニックネーム。いつも微笑んでいるアンへリータは女優さん。なんでもかんでも楽しむ天才である。

「博士の温泉にでも行ってきたら」と促すと、アンへリータの’お楽しみアンテナ,がピピっと反応した。

「3年ぐらい前に行ったお山の温泉に行きたいな」

桃ノ木温泉のことである。博士は韮崎出身のノーベル賞学者・大村智氏のことで、地元の人の多くは博士と呼んでいる。

こうして私たちは、ご近所の博士がつくった白山温泉ではなく、車で25分の芦安の山奥へと出発進行となった。

まず博士が通学路に使った〝幸せの小径〟に沿って登る。右手に‘肴や・くうかい,を見てから左に曲がって農道を行き、御勅使の福祉村を通り過ぎて右折する。後は舗装された山道をひたすら登るだけ。進めば進むほど手つかずの紅葉が私たちの目を楽しませてくれた。

植林が行われてないので色とりどり、赤や黄色やオレンジ、黄緑、緑。まさに「山粧う」だ。後部座席で感激するアンへリータやまゆみのはしゃぎ声を聞いていると、春の季語になるが「山笑う」でもいけそうな気がする。アンへリータの一言が、私たちを飛び切りの自然へと誘ってくれたのだ。

久しぶりの桃ノ木の貸切風呂。引き違い窓からの山の景色とアルカリ性単純温泉のお湯に私は包まれた。そして、ちょっぴり一年を振り返り、枝に残った葉を数えるように残りの今年を数えていた。

あと46日、やっぱり笑って行くとしよう。「笑って挑め!」と言い続けてきたのは間違ってなかった気がする。


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