• 羽中田昌

エッセイ 韮崎生活  ♯3

最終更新: 2018年11月8日


「庭を見る窓」





我が家で一番大きな窓と言えばリビングの「引き違い」。

大概の家に装備さているよくあるタイプのものだ。幅1690、高さが2030ある。光を採り、風を通し、東側の庭をじっくり眺めさせてくれる。

この窓の管理人、いや犬だから管理犬、いやいや門番か、いずれにしても愛犬ルナは、灯台守ならぬ引き違い守とういうことになる。寝ている以外のほとんどの時間、この窓の近くから庭を眺めて過ごす。


ソファーの背もたれの上にちょこんと乗っかり、急に吠え出すことがある。例えば、そんな時のまゆみと私の会話。

「いま何時?」

「12時5分」

「お豆腐屋さんだね。今日は、何にする? 寒いし、そろそろ湯豆腐もいいでしょ」

「いいねー」

「じゃあ2丁かな。厚揚げも食べようか」

「賛成ー」

神山地区は毎週火曜日と木曜日と土曜日、我が家の周辺にはだいたい12時ごろになるとラッパを鳴らしながら豆腐屋の若旦那がやってくる。韮崎の風と一体化したか如く、ヘルメットを頭にのせ颯爽とカブに跨がっている。私たちは末木さんの豆腐の大ファンだ。

ルナも耳をすまして、いつも心待ちにしているのだ。ファー、またはソー♪のラッパの音をかなり前から聞き分けて、尻尾を振り出す。2、3回グルグル回ることもある。

まゆみは1キロほど離れた武田橋の向こう側から、ルナは気がついている、と得意げに言う。それに対して私は、吠え出してから到着までの時間と距離、バイクのだいたいのスピードを鑑みているのかと想像を膨らませる。まゆみに聞いてみると、あっさり「女の感でしょ」と返ってきた。まったくもって理解に苦しむ。


そんなルナも11月4日で11歳になった。だからもうチワワおじさんだ。真っ黒の毛並の中にだいぶ白いものが目立つようになっている。

生まれて直ぐに韮崎にやってきたルナ。2007年9月にカマタマーレ讃岐の監督就任が決まり高松に行くことになった私たち夫婦から、一人暮らしの義母へのプレゼントであった。まゆみの労いの言葉。

「ままちゃん、一人でよく頑張ってくれて、ありがとうね。また遠くへ行っちゃうけど、ごめんね。もう70過ぎたし、ずっと一人で寂しいだろうし、ペットでも飼おうか。」


最初は、ペットは餌代もかかるし散歩も大変だからと乗り気ではなかった義母。それが隣町のJマートに寄ったついでにペットコーナーのチワワを見た瞬間に変わった。

「わー、お母ちゃん、この子なら飼ってもいい。」

一目惚れだった。少々、予算オーバーではあったが、こうしてルナは家族になった。

あの時に義母が「わー」っと声を上げなかったら・・・。ウィンドー越しにルナを見つめていた表情が忘れられない。東京のマンションで義母が息を引き取った時、ルナは介護用のベットの足元で、旅立つ義母をじっと見ていた。


「豆腐屋さーん、お願いしまーす。」(手を振りながら)

「わん、わん、わん、わん、キューン。」(尻尾を激しく振りながら)

若旦那が庭に入って来ると、私たちはリビングの引き違い窓で迎える。ルナの興奮の仕方と言ったらない。跳ねて回って大はしゃぎ。若旦那はそんなルナをいつも優しく抱え上げ、私たちと軽く言葉を交わしながら、白くなり始めた頭を撫でてくれる。

台風24号上陸の数日前には「直撃するらしいよ。」、この日は「富士山の頭が白くなったね。」とそっと話してくれた。きっと一人暮らしをしていた義母との間にもあった景色だろう。私は無性に縁側が欲しくなった。

若旦那が次の得意先に向かった後、いつものように窓越しのルナの見送りを受け、外出をした。

2時間ほどで用を済ませての帰り道。武田橋から、雲の隙間に富士を見た。曇天が続いていたので久しぶりの日本一。それは若旦那が言ってたとおり、前日降った初雪化粧の姿だった。去年より11日早かったという。


それにしても、ゆっくりと水から時間をかけて温めた湯豆腐は絶品だった。


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