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ワクワクドキドキを伝えたい。
どうぞお付き合いください。

 

​​プロローグ。

〜23年目のハーフタイム〜

朝目を覚ますと、ドキッとした。

あれっ、ここはどこだぁー。一瞬、わからなくなった。

屋根を叩く微かな雨音。

いま何時なのか見ようにも、そこには時計がない。視線の先にデジタル時計の数字表示の光を求めるも、見当たらない。

「えっ? (2、3秒おいて)、あー、そうかー」

昨夜の引っ越し祝いのせいもあってか、完全に寝ぼけていたようだ。

頭を軽く振って、直ぐに正気を取り戻し、枕元に置いたGショック(腕時計)の照明ボタンを押す。すると暗闇の中に青の光が灯り、今を伝える数字が現れた。

THU 9・27  4:00  9月27日(木)4時ジャストだった。


かくして体内時計の精度に驚きつつ、引っ越し最初の朝を迎えた。

妻まゆみ、愛犬ルナとともに東京都江戸川区南葛西のマンションを引き払い、2018年9月26日夕方、私は故郷に舞い戻った。一人暮らしをしていた今は亡き義母の為、5年前に新築した韮崎の小さな家に。

プロのサッカー監督を目指し、山梨県庁を辞し、バルセロナに旅立って以来、それは23年目のことであった。


朝4時、まゆみとルナは隣で寝息のハーモニーを奏でる。

外はやっぱり雨だ。強くならなければいいなー、やんでくれー、などと考えながら夢心地。日本の南海上に発生した非常に強い台風24号の影響は避けられなかったようだ。

少々、頭と腹には酒が残っているが、気分は爽快。つい最近まで私の胸に襲いかかっていた不安や後悔は全くなかった。外は雨でも、心は秋晴れと言ったところ。

それにしてもこの時間は、今の自分には早すぎた。

監督をやっていた9月初旬までは毎朝4時に携帯電話のアラームが鳴った。8時45分に始まるミーティング、その後のトレーニングの準備のために。3週間以上経ってもこの習慣が抜けないでいるわけだ。

夜明け前の寝室は、遮光カーテンを取り付けてなくとも、まだ闇に包まれている。私は成績不振によりリーグ戦3試合を残して解任されたのだった。


Gショックの薄明かりは、一瞬だがまゆみとルナの姿を浮かび上がらせた。

大の字になって半分口を開けているまゆみ、その足の間にルナがちょこんと横たわる。いつものポジショニングで二人はすやすや。

どんな夢を見ているのか、表情までは確認できなかったが、きっといい夢を見てるはず。ときどきルナが全身をピクッとさせているよう。犬も夢を見るのか妙に気になった。

私は睡眠中の夢をあまり見ない。見ても直ぐに忘れてしまう質(たち)である。現実の方がいつでも夢心地だからだろうか。

まゆみは、しばしば「また月にいるでしょ!」と言う。スペイン語で、ぼーっとしている状態を「estar en la runaエスタール エン ラ ルナ(月にいる)」と表現する。愛犬ルナの名はここからきていて、月に行くのは私の趣味でもある。どうやらルナも同じ趣味があるようだ。


さて、今日は午前10時に引越し屋の荷物が到着する。大忙し。

甲府の兄も手伝いに来てくれる。午後にはCSアンテナの調整で近所の居酒屋「くうかい」の大将(あっちゃん)が来る。これは本当に有難い。やはり持つべきものは友&身内なのだ。

夜はスカパー!のサッカー解説の仕事で再び上京。御多分に洩れず働かなくては食べてはいけず、引っ越し翌日の夜中仕事は堪えるが、2001年からお付き合いしているスカパー!さんには感謝の一言。足を向けて寝るわけにもいかない。

そんなわけで私は寝ている位置と体の向きを頭の中で確認してから、ベッドの上で気合を入れる。

「よっしゃ、今日も今日という一日を大事に思いっきり楽しもう!」

まゆみと私の足は西を向いていた。ルナは前足をスカパー!さんの東の方角に向けていたが、まー、前足だから、いいとした。

ときどき大きな寝返りを打ちながら、私は未だ月面宙返り。

いろいろなとこを考え、想像の翼を広げるのは実に楽しい。つい、難しく考え込んでしまうのが、これまでの私の悪い癖だったが、この時は良いイメージが浮かんでは消えた。

未来への不安や過去の後悔は頭の中から追い出すように心がけた。

かつてサグラダ・ファミリアを見上げながら聞いた「取り越し苦労ほど馬鹿げたことはないよ」という俳優・滝田栄さんの言葉も頭に浮かぶ。私に生きることの大切さや生きる喜びを教えてくれた人である。

今が大事。

人は過去でも未来でもなく、今を生きている。掴むことだけが、すべてではないのだ。夢を持ち夢を見るのは、今を楽しむ、今を苦しむ、そう今を味わうためにあると気づいた。最近のまゆみのお気に入りも、またいい。

「どんなことがあっても、過ぎたことは、全部、これでいいのだ!」


この日の韮崎の日の出の時刻は5時38分。薄地のカーテンの布間を通って白々と夜が明け始めた。雨もやんだのか、鈴虫が目を覚まして、鳴き声がきこえる。掛け時計の長針、短針、秒針が白壁の上でぼんやり時を刻むのも見えた。

ルナももぞもぞと動き始める。まゆみの一日も始まり、いつものように「おはよう、コーヒー飲む?」と第一声。私は「おはようさん、飲む、飲む」と返答。このやり取りの後にまゆみはバターコーヒーの準備に取り掛かった。私は相変わらずエスタール エン ラ ルナ、月にいる。

20代、30代の若い頃、私は数字表示のデジタル時計が好きではなかった。それよりも針が今を指し、過去と未来を同時に視覚できるアナログ時計を好んだ。今を生きていなかったのかもしれない。


今という、その時だけしか示さないデジタル時計も好き、と思えたのは、つい最近のこと。54歳にして、心に決めてからである。

「もう自分を責めるのはやめた。過去への後悔と未来への不安を一切捨てよう」

つまり過去から学び、未来への希望をチカラにして今を生きたい。

簡単ではないことぐらい知っている。そのために、何をしたらいいのかぼんやり考え続けてきた。

ーー書いてみようと思う。

何かを書いて誰かに読んでもらいたい。それが、外へではなく、自分の内側へ深く旅することのような気がした。

もっと自分のことを知りたい。


台所からまゆみの声が聞こえてきた。

「バタコーできたよー。もういい加減、月から戻りなよ」

「はーい、いま行くー」

「あっ、でもちょっと、ごめん、バター入れすぎたかもよ」

「大丈夫、これでいいのだ!」

西向きの窓を開けると、霧の中から、新鮮な山の緑が迫ってきた。一時的に雨は上がっている。さー、韮崎での23年目のハーフタイムが始まる。

~追記~​ 3つのブログカテゴリー 

1「韮崎生活 」 愛犬ルナと妻まゆみと僕の韮崎生活、気ままなエッセイ。

2「23年記 ボールは正しく転がった。」 バルセロナ留学からこれまでの全力疾走の物語。

3「フットボール・ラブ」 仲間とフットボール愛を語り合う場。フットボール研究。翻訳も。

 
 

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